クリエイティブなんて形容詞がつく仕事に携わっていると、ダベリの中でプロとアマの違いなんて質問が出ることもある。自分の答えはつまらないものなので、少し話題を盛り上げる意味で「どう思われます?」ともったいぶることもある。

技術?
と答える方が意外に多い。
確かに一流のプロともなれば「技術は礼儀、持ってて当たり前」とおっしゃる方もいます。


情熱?
それも間違っていないですが、情熱だけでは苦しくなる一方。



根性?
時に必要なのでしょうが、それもまた違う。締切に追われて無ければ必要ない。
大きなお友達は何かしらの職業をお持ちなので、皆さんその道のプロなわけです。そう考えると、わかってくるはず。
技術も、情熱も、根性も、ときに必要な場面は確かにある。でもそれは、別のなにかに起因しているはずだ。
技術や情熱はアマの方が上を行くなんてことは、しばしば起こり得ることだし、趣味に対する根性は仕事よりも発揮される場合なんて山ほどある。
プロとアマの違い、それは”制約に対する責任感”である。
スケジュールや技術的に無理なオーダーには、「No」と答えるのもプロとしての責任感だし、オーダー内容がチャレンジならば、チャレンジするのも責任感だ。
また、クライアントのオーダー内容がクライアントの望む結果につながらない、なんてことに対して、ときに論理的に、ときに下手に出て、説得するのも責任感である。まぁ、予算的に無理な場合もあるしね。
つまり”クライアントの求めにどれだけ真摯に向き合えるのか?”という責任感である。これがプロとアマの違いだ。アマの場合、クライアントは自分自身。制約は目的と名を変える。責任感は意識と名を変え、目的意識となる。
目的意識を強く持てるアマに、プロはかなわないこともある。締切や予算という制約がプロよりもゆるいからだ。
プロはこの2つが”絶対”なのだから、この制約を守った上で、技術だのセンスだのということになる。使えない技術が出てきたりする。それでも”らしさ”を出さなくてはいけない。
まぁ、偉そうに書いているけど、これはクリエイティブな職業でなくとも、どんな分野にも共通する職業意識だ。
つまり、”当たり前で何の変哲もない、つまらない答え”ってこと。結果「あぁ、そうなんだ…」とか「どこも変わらないんですねぇ…」という反応を示される。
何を期待されているのか…(笑)
その気持もわからないではない…のですけれども。