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作品を作るということ

四方山話
この記事は約4分で読めます。

有名コンテストに対し、不満の声が上がっているようですな(;´∀`)

そこで、コンテストというものはどういうものか?という考え方について基本的なことを述べたいと思います。

まず、創作するということなんですが、ここを理解しないとコンテストを理解できないので創作するという事に触れます。

創作するという行為は自己表現なのですが、目的によって大きく2種類あります。

  • 自己満足
  • 他者への伝達

自己満足は悪い言葉で使われるケースが多いですが、決して悪いことではありません。

模型で言えばコレクションなんてのも自己満足の一つです。まぁ、これが積みプラの原因にもなるのですが…(;´∀`)

基本的に創作は自己満足で問題ありません(^^)

しかし、プロとかコンテストで入賞するためにはこれだけでは駄目です。もう一つの目的、他者への伝達という事が大きくなります。

具体的に上げると

  • 発想(何を伝えたいか?)
  • 着想(発想を具体的に表現するアイディア)
  • 演出(着想を具体的に表現する手段)
  • 技術(演出を実際に形にする手段)

という具合になります。

この内、着想と演出には独自性と共感性という相反するものが必要です。

独自性とは個性とも言い他者と違うもの、共感性とは他者と同一のもので、共通する認識とでも言えましょうか?。

個性が必要なのは言うまでもなく、共感性は独自性へ見る者を導くためのものと考えてください。

これらがバランス良く配置され、それを支える技術力があって初めて作品になり、入賞の審査対象になります。

これを技術力ばかりに頼ると、作品ではなく作例になってしまうのです。

嘘ではない証拠に良い例として建築が挙げられると思います。お客様からリクエストを受けて建築は始まりますが…

  • 発想(お客さまのリクエスト)
  • 着想(建築士が担当)
  • 演出(この場合は設計、建築士が担当)
  • 技術(大工さんが担当)

という具合に進められますが、その建物は建築士の作品とされます。つまり大事なのは着想と演出であって、技術はそれを支えられれば問題ないと言えます。

通常はこれらがバランス良くできることが理想ですが、現実はそうも行きません。技術が追いつかない、偶然などもあるわけです。

こういうことから「荒削りだが光るものがある」作品が生まれたり、「ビギナーズラック」があったり、延いては「一発屋」も生まれるわけです。

ただし、これは基本です。

もう少し高度な話をすると、旬とかフック(ひっかかり、ひねり等とも言います)も意識しないといけません。(注:流行を取り入れろ、という話ではありません:2019.11.13日追記)

ここまで話すとおわかりになるように、作者の努力や費やした時間は評価対象外なのです。

ザックリ話しましたが、おわかりになったでしょうか?

余談ですが、プロが時短のために使う「初心者でもできる技」などの書籍を発売していますが、プロにとって技術を切り売りすることにためらいがないのは、技術は時間さえあれば誰でも取得できることを知っているからです。

でもって、コンテストとは?について

コンテストは文字通り作品の優劣を競う場所です。

1次審査では基本的な技術力の審査がメインとなります。ただし作品として優れていると思われるものは技術力が一定のレベルに達していなくても通ることもあります(コンテストによっては違う場合もありますが、1次審査は最終審査の先生を煩わせない目的で行われるのがほとんどです。)。

通過数が決められている場合はそれに準じた数が通過しますが、結果を左右することには至らないというのは実情です。

2次3次がある場合がありますが、それも大して意味はありません。

最終候補になればそれ相応に一定レベルと言えますが、それでも出来不出来の回や年というものがあり、一概に〇〇の大会の最終候補だからといって優秀とは限りません(今回は最終候補に残れたけど、前年なら落選だねとか、またその逆もあります。)。

これとは別に”その大会の癖”というものも存在し、予選落ちしたからといって駄作とは言えないのもコンテストです(そうならないよう大会によっては、予選審査員の教育や指導に力を入れているところもあります。)。

通過した人は素直に喜び、通過しなかった人は次回があるさと一喜一憂してください(^^)

あまり、ディスらないであげてくださいね。

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